初めて、一ヶ月以上、更新しなかったぞ!!!
つっても、そんなにここの更新が待ち遠しい人はいないであろうことを見越して、
いつもこれを書いています。
ごめんなさい、とか、謝らないぞ。
お久しぶり。あけましておめでとう。
いろいろあったけど、私は元気です。
オザケンも復活するし、本当によかった。
・・・・・
年末年始は私の中で忙しくて、
中って言うのは、頭の中が忙しかったっていう意味でなんだけど。
まあ、もう、年明けてから一ヶ月がたとうとしているので、
そうゆうことは言わないようにしましょうか。
最近は考え込むことが多いです。
最近に限ったことでもないか。
考えてないようで、考えています。
こうゆう文章を見ない人からは、
「楽しそうでいいよねー」って思われているみたい。
それはそれで、よし。
今日は、アブラムシと雪虫のことについて考えてたら、涙が止まらなくなったのです。
多分、こうして書くと、変な風に思うだろうから、やっぱり今回もちゃんと書きます。
Twitterで、ゆきむしって、アブラムシなんだよね、って言ってた人がいたから、
「まじかよ!」って思ったわけ。
そのポストを見たとき、会社だったから、おうちに帰って調べようと。
でも、ちょっと忘れたりしてて、今日まで。
で、今日。
うぃき先生で調べてみよう、って、ふと、思ったんだよね。
虫嫌いの人はここのリンク見るの注意なんだけど
ゆきむしそして
あぶらむしまあ、何かと要約していうと、
雪虫=アブラムシっていうのは正解。
で、
夏の間、私が「にっくきあんちくしょー」と思って木酢振りまいて戦ってるアブラムシは
全員染色体XXのやつ。つまり、全員メス。
メスはコロニーを作って、植物の汁を吸って生きる。
単為生殖で、メスだけいれば、まあ子供が生まれる。
生まれる子供の体内(胎内、ではないんだろうな)にはすでに子供がいて、
それがまた子供を生んで・・・とするから、アブラムシはかなり増える。
だから、「にっくきあんちくしょー」なわけだ。
「にっくきあんちくしょー」だった彼らにも秋は訪れる。
秋になると、アブラムシはとんと見なくなるよね。
そのわけは、アブラムシが雪虫を生むから。
メスだけで暮らしていたアブラムシは、
秋になると白い毛が生えているように見える通称ゆきむしを生む。
その中には、オスも混じっている。
染色体XXに対して一本足りないXOで生まれる。
人間のオスはYだったよね。
「雄には口が無く、寿命は一週間ほど。雌も卵を産むと死んでしまう。」
らしい。
彼らは、ただ、そのあとに命を繋げるため、
卵を産むためだけに生まれたんだ。
ふわふわできるのは、安全なところに卵を産むためなんだと思う。
ふわふわ って形容するより ふらふら って言ったほうが正しいのかもしれない。
もしかしたら。
アブラムシは動けない。
夏の植物は、秋になり冬になり、やがて枯れる。
これで私は何を考えようと。
何を考えたらいいのだろう、と。
どうゆうわけか涙がとまらなくなった。
それって、なんて尊くて、切ない行為なんだろう。
ものすごい切なくなった。
成虫になって一日で死ぬウスバカゲロウとか、
成虫になって一週間で死ぬセミとか、
幼虫をスズメバチから守るために死ぬミツバチとか、
こうゆう生き物の存在を知ると
「なんのためにいきるの?」
っていう質問が本当馬鹿みたいに思える。
そんなのは、人間だけしか考えない、どうしょうもないこと。
(まあ、確かに崇高な考えではあるけど。)
「なんのためだっていいじゃん、生きるために生きるんだよ!」
って、今は思う。
なんだっていい。意味なんて多分ない。
明日死んだとしても、100年後死んだとしても、
でも、多分、生きてたこと、生きることが大事なんだと思う。
誰かのために死ねるか、ってきかれても、
多分今の私はむりって答えるかもしれない。
むりだから、むり。
誰かのために死ぬのが無理だったら生きるしかない。
そうでしょ。
でも、いつかはそうゆう相手がでてくるのかな。
そうゆう相手になってくれるのかな。あの人は。
そして、ハトはいまだ、来ず。
閑話休題。
恋人を相方っていう文化を廃絶しよう。そうしよう。
私が高校生くらいのときから、こうゆう文化があった気がしたんだけど
私、もうそのころから、なんか変なフラグ立ててた気がする。
「うちの相方が〜」
みたいな言い方されると、なんかイラッってしてた。
これを感じている人が結構多いと知って私は安心した。
そして、私が相方と言った時、一言少ないと恋人と勘違いされることが多いけど、
それはそうでなく。
(もはや、女の子なんだけど、って説明するのもいらいらする)
相方は相方です。